ある方に勧められて作文を書いてみた時期があります。もう9年も前の事です。ブログ記事になるかなと思って読み返すとまあまあ面白かったので、少し修正して記事にしました。
<自転車と通信簿>
まりちゃんのお下がりが僕の自転車だった。
20インチで小さいのは問題ではない。
僕も小さかったからだ。
僕の通った三和小学校は4年生から自転車通学が出来た。
自宅から学校まで2キロ以上あることが自転車通学許可の条件だ。
まりちゃんは4年生になって通学用に新しい自転車を買ってもらった。
そんなわけで、2級上のまりちゃんのお下がりを乗り始めたのは、僕が2年生になってすぐの時のはずだ。
それでもカッコよくないのは自分で分かっていた。
理由は「赤い」から。
赤というより「ももいろ」だったから。
それが「おんな用」だということは分かっていた。
乗り始めた頃、カッコ悪いことはまだ大した問題ではなかった。
ぴったりだったサイズも、3年生の終わりに近づくと、サドルの位置をこれでもか!というくらい上げてやってもまだ小さく感じる様になっていた。
いつの間にかその自転車が恥ずかしくてたまらなくなっていた。
『4年生になりゃあ、わしも青色の24インチの自転車が買おてもらえる。』
そう信じて疑わず、「おんな用」に乗り続けた。
恥ずかしいのは誰にも言わなかった。
ごまかしていた恥ずかしさが、ごまかせなくなって、余計恥ずかしくなるから。
3年生の終わりの春休み。3学期の通信簿を持って帰った。
「通信簿を見してみいぃ」
大好きだけど怖かった父に、通信簿を差し出す。
こんなときは自然と真剣な表情につくろうものだ。
私の子供が私に差し出すときの顔と同じだったに違いない。
通信簿を眺め終わって父はやおら顔を上げ言った。
「5つも下がっとる」
通信簿は◎○△の3段階評価。◎から〇へ、〇から△へ下がっているのが5項目もあると父は言うのだ。
『・・・・』返す言葉は無かった、、、
やんちゃの過ぎた少年時代、正座とお説教のセットは数え切れないほど経験した。それでも慣れなかった。
こういう時はいつもうつむき、ひたすら終わるのを待つのだ。
このときも同じように終わるのを待ったが、今回はいつもと1つだけ違った。
自転車がかかっているような気がしたから。
4年生になるので通学用に24インチの青色の「おとこ用」の自転車が欲しかったのだ。
「5つも下がっとるのに、自転車なんか買わりゃあせん」
嫌な予感が的中した。
『4年生になったら、24インチの青色のおとこ用の自転車に乗れるんじゃぁ。』そう勝手に思い込んでいたから衝撃だった。
『卒業するまであれに乗らにゃあいけんのか』
「あれ」に乗り続けるのを想像した。
恥ずかしい、、、カッコ悪い、、、
リアリティにうなだれ、ヒックヒックとしゃくりながら泣いた。
正座のまま、お説教の繰り返しはいつものパターンだ。
そして2時間が経過した。
「5つ下がっとるが、6つ上がっとるのぉ」
『ん?』
私は待ち遠しかった説教の終わりを悟った。
父は大体2時間説教すると気が済むらしい。
晴れて24インチの青色のおとこ用の自転車が僕のものになった。
怖くてもやっぱり父は大好きだった。