楽人の会相互訪問続き 藤井農園  2019年6月

来年も元気なアスパラが採れますように。

6月15日楽人の会第2回相互訪問の3軒目は、広石地区の藤井農園さんです。

雨も降っているので草木公民館での昼食後、そのまま続けて藤井さんのお話を伺いました。
雨も降っているので草木公民館での昼食後、そのまま続けて藤井さんのお話を伺いました。
藤井さんのアスパラは、人差し指の付け根くらいの太さで、サクっと柔らかい。
藤井さんのアスパラは人差し指の付け根くらいの太さで、サクっと柔らかい。


藤井さんの農園では川が側にある訳でも無く、水の確保には相当な苦労がある様です。

メインはアスパラの様で、シャインマスカットやブドウもこれから増やしていくそうです。

敢えてカットしていないジャンボな房に、姪っ子が大喜び。

お母様とお二人でかなりの作業量です。

藤井さんは多才な方で、農園の他に福山大学で教鞭もとっておられます。

私が気を引かれたのは、大学の学生さんや、かつての勤務地である、東京の知人が手伝いに来てくれる事があると言う事です。

それもレジャー感覚です。

特にそれを狙っている訳では無いものと思いますが、少子高齢化の加速するこの地で、いわゆる関係人口を意識的に活用する事が重要に思えるのです。

それはインスタ映えの為の様な一回だけの気まぐれではさほど意味を成さず、有機的なネットワークゆえに成立するものの方が、ウインウインの関係で長続きすると思うのです。

個人でするのか地域でするのかは問わず、こんな在り方が地域の営みに欠かせなくなるんだろうなぁと思うのでした。

さて、農園に移動しました。

ここで合流するお母様がお待ちでした。

写真を取り損ねていましたが、桑の実がいっぱい落ちています。これをに食べに動物達がやって来るそうです。

食べてみるとかなり甘い。動物くん達にとっては相当なご馳走です。

桑の実がなっています。
桑の実がなっています。
小野の細川さん。子供みたいな笑顔です。
小野の細川さん。子供みたいな笑顔です。
桑の実。確かに見覚えはある。
桑の実。確かに見覚えはある。
神石高原に生まれて57年。初めて食べた様な気がする。
神石高原に生まれて57年。初めて食べた様な気がする。

見たことは何度もあるのですが、名前も知らなかったし、食べられるのも知らなかった。田舎に住んでいてもこんなものです。修行が足りませんな。

以下は、さも私がやっている様に書いてしまっているところが多いのですが、読み易さの為です。私がやっている訳ではありません。

アスパラは雨に濡れると病気になり易いのでハウス栽培がメインです。

ハウスには毎年6トンの堆肥を入れるそうです。6トンがどれほどのものか私には良く分からないのですが、場所で堆肥の種類も変えて試したりもするそうです。

堆肥は全て人力で畝に運び、コテで平らに慣らすのですが、最初は何の為か分からずやらなかった事があるそうです。

畝を平らにならすコテ。

そしたら、水やりの為のパイプが上手く座らず、物事には全て理由があるんだなあと思ったそうです。

曇りで写真の色がイマイチです。

パイプが見えます。

これが店で見るアスパラ。ちっさいぶんです。

ちっさいアスパラ。

春の収穫後は写真の様に茎が大きく育ち、2メートルくらいになるそうです。

既に私の背より高いのです。

お店に並んでいる様からは想像もつかない姿です。

この間光合成しながら地下茎に栄養を蓄えて、翌年芽を出した物を収穫するのです。多年性なので長いものは20年くらい生えるそうです。

私も何年か前に作った事がありますが、3年と持ちませんでした。

秋になり成長が止まって、地上部が枯れると刈り取って焼却します。地表もバーナーで炙るのですが、こうする事で雑菌がいなくなり病気になり難いのだそうです。

雑菌を焼いてます。土壌消毒と言います。
雑菌を焼いてます。土壌消毒と言います。

翌年も元気なアスパラが出て来ますように。

来年も蜂蜜と交換して貰うために心から願う私であった。

人差し指の付け根くらい太いのに、さくっと柔らかい藤井さんのアスパラと私の蜂蜜のツーショット。

自慢の蜂蜜と大好きなアスパラを交換しました。
自慢の蜂蜜と大好きなアスパラを交換しました。

次は陶芸家藤田毅(たけし)さんの「陶ときやす」を訪ねます。

ギャラリー

いつものくるま屋神石高原町 山本自動車工業

この記事を書いた人

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山本 宰士

山本自動車工業株式会社 代表取締役

広島県神石高原町のくるま屋です。