病室の入口からベッドに目をやると、布団はあるけどお婆ちゃんは見えなかった。ベッドのすぐ側まで行くと、もともと小柄な婆ちゃんがもっとこまく(小さく)なっていて、布団に隠れて見えてなかったのだと言うことがわかった。
婆ちゃんの寝顔はしわしわで、唇と唇は乾いてくっついていた。
唇と唇の間に舌も挟まっている様にも見えて、私はそれが気になって何度も何度も口元に眼を凝らした。
大豆ほどの大きさの隙間から息が
ぷふうー ぷふうー と漏れるのがせつげで、
(しんどそうに見えての意)
お婆ちゃんの呼吸が余計懸命なものに映った。時には隙間が小豆ほどになることもあってハラハラもした。
妻は時々
ばあちゃん ばあちゃん
と語尾を上げた優しい声で呼び掛ける。何回かは肩をトントンと触れる様に叩きながら。
でもばあちゃんは目を覚まさない。
目を覚ましても誰か判別がつかない事もあるらしい。私の事など目を覚ましても分かるはずもない。私は妻の背後から布団をはぐり(めくり)細くなった手を見つけてさすらせて貰った。
私と妻が出会った頃は4世代の大家族で、その頃からお婆ちゃんは耳が遠くて、家族は皆大声で話していた。
婆ちゃんが元気だった頃、畳にぺたんと座って、ちょっとダミ声で何か喋っている姿に思いを馳せながら、手をさすった。
二人で婆ちゃんを見つめながら1時間くらい経った頃、婆ちゃんが遂に目を覚ました。
目を一瞬カッと開き妻を見つけた。驚いている様にも見えたけど、嬉しそうに見えた。
婆ちゃん 、いくみよ、いくみよ と妻も自分が来た事を告げていた。
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これは何回かに分けて書いたのだが、その隙間時間に妻から電話があった。「呼吸が止まったと電話があったので今病院に行っている」と聞こえたけど、正確には良く聞き取れていない。
でも聞き取り難かった理由が妻の涙声のせいなのだから、いよいよ亡くなるんだということが直ぐに分かった。
残念だった。
いつも穏やかで優しい、電話の向こうにいる涙声の妻の背中も摩ってやりたかった。
最後は帰りの新幹線の中で書きました